交通アクセス―
JR総武線 飯田橋駅下車 徒歩約10分 ・市ヶ谷駅下車 徒歩約10分
地下鉄 有楽町線/南北線 飯田橋駅下車
徒歩約10分・市ヶ谷駅下車徒歩約10分
大学ホームページより――
・交通アクセス
<http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/access.html>
・キャンパス案内
<http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/campusmap.html>
▼9: 00~10: 15 役員会 (S304教室)
▼10: 00 受付開始
▼10: 20 開会
開会の辞 日本ポー学会会長 巽 孝之
会場校挨拶 法政大学英文学会会長 結城英雄
総合司会 須藤祐二 (法政大学)
―――――――
▼10: 30 ~12: 30 研究発表(S306 教室)
1.司会・ 鵜殿えりか (愛知県立大学)
フィラデルフィア・ゴシック――ポーとワイドマンに見る都市論的想像力
富山 寛之 (慶応義塾大学(院)
2.司会・大串尚代 (慶応義塾大学)
The Problem of Progenitors: Poe's "The Cask of Amontillado" and Bowles' "In the Red Room"
Greg Bevan
(福岡大学)
3.司会・大串尚代 (慶応義塾大学)
ポーの新大陸冒険譚――『ジュリアス・ロドマンの日記』と『ルイスとクラークの探検日誌』比較論
小澤奈美恵 (立正大学)
▼13:30~16: 00 シンポジアム
『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』――未完の水域を彷徨(さまよ)って
司会・講師 伊藤 詔子 (松山大学)
講師 西崎 憲 (作家)
新島 進 (日本ジュール・ヴェルヌ協会会長)
大島由起子 (福岡大学)
▼16:10~17: 20 特別講演
大井浩二(関西学院大学名誉教授) 司会 西山智則(埼玉学園大学)
ポーの収入――アメリカ作家の家計簿をのぞき読む
▼17:30~18:00 総会
▼18: 00 閉会の辞 副会長 伊藤 詔子
▼18: 30~20: 30 懇親会
会費 6,000円(学生3,000円)の予定
1. “The Black Cat” における告白形式と同時代作品の相互影響 宇佐教子
本発表では、1843年に発表されたEdgar Allan Poeの“The Black Cat”について、1830-40年代に流行した“sensational fiction” との共通点や相違点を分析しながら、ポー作品と、多くの同時代人に読まれた“sensational fiction” と呼ばれる文学の流れとの相互の影響関係を “The Black Cat”、“The Tell-Tale Heart” (1842) そして “The Imp of the Perverse” (1845) を中心として考察する。更に、“The Black Cat” に見られる、第一人称の語り手による狂気をはらんだ告白という形式、特に、信頼性の変動する語りは、“The Tell-Tale Heart”、“The Imp of the Perverse” 等に見られ、この告白形式は、19世紀初頭の文学の流れのみならずCharlotte Perkins Gilman の “The Yellow Wallpaper” (1892) 等に見られる19世紀後半のアメリカンゴシックに踏襲される一要素として継続して表れていることを検証する。
2. ポーを(脱)歴史化する――モダニズムと現代批評におけるテクストと作家像の形成 加藤雄二
ポーのテクストが19世紀欧米の歴史や民主主義、人種、ジェンダー、階級などについてのコメントを含んでいることは、トニ・モリソンなどの批評で指摘されてきた。しかし、ポーのテクストは通常リアリスティックな歴史的言及を誇るわけではなく、ウィリアム・フォークナーなど後世の作家や批評家たちも、ポーを歴史的な存在として再構成したり、エディパス的な復讐劇を企てたりはしない。作家による反復や批評、伝記によって構築されたポーの作家像とテクストは、「ライジーア」「黒猫」などの主要作品、後の時代の文化的テクストと伝記、批評における同一性と差異の反復において、存在としての歴史、時間、主体性を脱構築し、それら本来としてのありかたが不在であることを証拠立てる。本発表は、作家像としてのポーとテクストを、ドン・デリーロやポール・オースターなどのポストモダン小説やそのキャラクターに似た、特徴的にアメリカ的テクストとして再検討し、フォークナーによる反復と主要なポスト構造主義的読解、モリソンの『白さと想像力』とそれに続く歴史的批評に焦点をあて、ポーとテクストの新たな読解可能性を歴史化・脱歴史化する視点を重ね合わせて提示する。
3. 黒岩涙香によるポーの模作『捨小舟』の探偵・重鬢 小森健太朗
黒岩涙香は、日本の探偵小説の創始者、あるいは日本の探偵小説の父として知られる。涙香は、日本で初の探偵小説「無惨」(明治22年)を書き、ガボリオの 『ルルージュ事件』(1866年)を初めとする海外の探偵小説を翻案したことで知られる。同時に黒岩涙香は、日本で初めて、エドガー・アラン・ポーの生み出した名探偵オーギュスト・デュパンを自作で模倣した。この、デュパン第四の事件とも言うべき黒岩涙香の『捨小舟』(明治28年)は、笠井潔の『群衆の悪魔 デュパン第四の事件』より、およそ百年先行している。
黒岩涙香自身は、ガボリオやデュ=ボアゴベ、バーサ・クレー、メアリ・ブラッドンなどのセンセーショナル・ノベルを多く翻案したが、ポーやコナン・ドイルを翻案したことはない。その理由として涙香は、『魔術の賊』(明治22年)の巻末で、ポーとヒュー・コンウェーとウォルター・ベサントの三人を併置している。当時の探偵小説界で、彼ら三人が涙香によっていわば〈本格派〉と目されていた。この時点で黒岩涙香は、多くの海外探偵小説を読破していたはずであるが、ポーの生み出したデュパンを知らなかったようである。
だが、黒岩涙香は、その翻案小説『捨小舟』で、明らかにデュパンをモデルにしたと思われる名探偵・重鬢(じゅうびん)先生を登場させている。この原作小説は、メアリ・ブラッドンによると伝わっていたが、長らくその原作は不明であった。私がブラッドンの著書を調べたところ、それがRun to Earth ( 「追い詰められて」 1891年)という作品であることが判明した。この中に、探偵としてアンドルー・ラークスパー (Andrew Larkspur) というキャラクターが登場する。このキャラクターは、部分的にはポーのデュパンをモデルにしているのかもしれないが、まったく同じキャラクターではない。ところが黒岩涙香の『捨小舟』では、ほぼデュパンそのままの描写をもって登場する。重鬢はまさに日本版デュパンであり、『捨小舟』は日本におけるもっとも初期のポー作品翻案であるといえよう。
ワークショップ 全体趣旨・個別趣旨
19-20世紀フランス文学におけるポーの影響
フランス文学においてエドガー・アラン・ポーが果たした役割は大きい。ボードレールの翻訳がなかったら、フランス人は現在のようにポーを自国の文学のように読むことはなかったであろう。そして、そのボードレールがいたからこそ次世代のマラルメはポーを自分自身の詩学の根幹に据えることになった。さらに、そのマラルメを師と仰いだヴァレリーは師以上にポーを真剣に読み、そこに文学の神髄を読み取ることになる。この三者にとってポーは特別な存在であり、ポーを無視して彼らの文学を理解することは不可能といっても良いほどである。しかし、ポーの影響はそこに留まってはいない。夭折したロートレアモンもまたポーを深く読み込んだ詩人の一人である。この「フランス文学におけるポーの影響」という主題は比較文学者島田謹二の研究以来、夙に知られているが、その後、この問題は専門家の間ではどのように扱われているのだろうか。我々は最新の研究成果を考慮しつつ、ポー文学のフランスにおける影響について、改めて問い直したいと考えている。そこで我々はポーの影響が世紀と言語を超えて、いかなる形で続いていったのかを検証することになるだろう。
ボードレールによるポー受容が持つ金銭的側面 廣田大地
フランスにおけるポーの紹介者として知られるボードレールは、確かにこのアメリカ人作家を自分の分身のように感じ、彼の作品をこよなく愛好していた。しかし彼の作品をフランス人に知らしめようという理由だけで、ボードレールはポーの散文作品の大半を訳したわけではなく、そこには文学的名声と経済的成功を求めての巧妙な戦略があったように思われる。ボードレールはポーの韻文からも、たとえそれを翻訳しなかったとはいえ、多大な影響を受けている。それにもかかわらず韻文を翻訳しなかった最大の理由は、それが金銭をもたらさないと判断したからであろう。それに対して小説の翻訳は再版を重ね、ボードレールに多大な収益をもたらすことになった。それだけではなく、ポーの小説はもちろん、ボードレールの作品の中でも「金銭」は重要な役割を担っている。この二人の関係を金銭に対するそれぞれの意識を中心に再検討することで、マラルメやヴァレリーによって後に神聖化されていく以前の、ボードレールにとってのポー像について、新たな視点を提示したい。
マラルメにおけるポー文学の位置 坂巻康司
ボードレールと同様に、ステファヌ・マラルメ(1842-98)もまた若いころからポーの文学に深く影響されていた。まず、初期の韻文詩「青空」を解説するための書簡中で示されたポーの「構成の哲理」の理論は、このころのマラルメがいかにポーの理論に習熟していたかを如実に示している。加えて、ボードレールがポーの短編小説を翻訳したのに対し、マラルメは専ら韻文詩を翻訳し、それを出版することで、ポーにおける詩の重要性を世に知らしめることになる。この訳業は現在でもポーの韻文詩の翻訳としてはスタンダードと看做されるほどの高水準にある。このようにマラルメにとって、ポーは何を措いても「詩人」であった。そして、そのポーの理論がマラルメの詩学の根幹を形作ったことは疑い得ない。しかし、マラルメは果たして生涯に亘ってポーの使徒であったと言えるのだろうか。マラルメもまた独自の詩学を完成したことで知られる詩人であるが、果たしてマラルメの晩年の作品の中でポーの文学理論はどれほどの位置を占めるものなだろうか。マラルメがポーから離れる部分がもしもあったとすればそれは一体どこなのだろうか。そのような点を吟味するのがこの発表の目的である。
エドガー・アラン・ポーに学ぶロートレアモン=デュカス――「大鴉」、「沈黙」、「告げ口心臓」におけるリフレインを中心に 寺本成彦
イジドール・デュカス(ロートレアモン)が生地ウルグワイを離れ、両親の故国フランスのポー帝立高等中学に学ぶ頃、同級生も後日証言するように、将来の詩人は既にエドガー・アラン・ポーの短篇小説の大部分を読破していた。卒業後にデュカスが執筆することになる散文詩作品『マルドロールの歌』(1869年)には、様々な作家(シェイクスピア、ゲーテ、バイロン、ボードレール、等)からの借用やその創造的書換えがつとに指摘されてきたが、その中に詩人が偏愛していたと思われるポー作品も数えることができるだろう。
本発表ではまず、自作の長詩「大鴉」を実例として評論「構成の原理」で展開されるポーのリフレイン論が、ロートレアモンにおいていかに応用されているのかを検討する。次いで、短篇「沈黙」と「告げ口心臓」に見られる反復的章句の用法が、『歌』の物語的部分でいかに効果的に活用されているのか確認した後、物語内容の幻想性・倒錯性の中で、語る行為それ自体のエコノミーが同一章句の反復性によって解体・再構築されていく様相を跡付ける。以上の考察の後、ポー作品の受容がロートレアモン=デュカスにおける散文詩成立に持つ意義の一端を示せればと思う。
ヴァレリー=ポー/根源的詩学の探求 今井 勉
18歳で書いた評論「文学の技術について」から晩年のコレージュ・ド・フランスにおける「詩学講義」に至るまで、ヴァレリーは生涯を通じて、ポーを熱く語り続けた。ヴァレリーにとってポーは、反ロマン主義的「効果」の詩学あるいは物理的フォルマリスト批評の原理そのものであり、さらには、一般的・根源的な「ポイエイン」(つくること)に対する冷徹な意識のモデルそのものであった(ヴァレリーは詩学を意味する語彙として一般に用いられる「ポエチック」よりも、語源的なニュアンスを含んだ「ポイエチック」のほうを好んだ)。つまり、ポーはヴァレリーの詩作のみならず思考や批評の原理的な部分においても、生涯変わらぬパラダイムとして機能しているのである。こういう実存的な「影響」が、ボードレール、マラルメ、ヴァレリーの三世代で同じように反復されているというのは、文学史的に見て、実に興味深い現象である。ポーの影響は、しかし、いわゆる象徴主義の系譜で途絶えるわけではない。ヴァレリーの生涯にわたる「詩学講義」の教育的な媒介を経て――ヴァレリーは繰り返しボードレールを語りマラルメを語りながら、実は同時に、原理としてのポーを繰り返し語っていたのである――さらに、20世紀批評(たとえばバルト)へと受け継がれていくだろう。この発表では、ポー・コネクションの系譜をたどりつつ、ポーという問題系の射程について、主にヴァレリーのテクストを参照しつつ(フランス国立図書館所蔵の未刊資料等にも目配りしながら)再検討し、その根源的詩学の持つ現代的意義について考えてみたいと思う。
シンポジアム趣旨
ポーと世界文学
ポーと世界文学の関わりを語るのは、そう難しくないように見える。
酒と薬と金欠から免れず、人間関係のトラブルも多く、40歳の若さで野垂れ死にするという、無頼派風の生涯を送ったこの作家は、にもかかわらず没後、フランスのボードレールやロシアのドストエフスキーの文学を触発し、そこからアメリカのウィリアム・フォークナーへ逆影響しているから、ラテンアメリカを含む現代文学の豊饒とも無縁ではない。我が国でも百年前の『英語青年』ポー没後百周年記念号に寄稿した夏目漱石から芥川龍之介、大岡昇平に大江健三郎までオマージュを捧げる作家は引きも切らない。今日ではポー自身の文学や生涯をもとに批判的思索をめぐらせるメタフィクションを織り紡ぐ現代作家もルーディ・ラッカーからマシュー・パール、そして我が国の平石貴樹や笠井潔まで数多い。2000年には、ポーランド系アメリカ作家マーク・Z・ダニエレブスキーがヴァージニア州の不思議な屋敷を舞台に据えた傑作長篇『紙葉の家』が、ポーの名作短編「アッシャー家の崩壊」からスティーヴン・キングのホラー長編『シャイニング』へ連なるゴシック・ロマンス的伝統を、ウラジーミル・ナボコフの『青白い炎』を彷彿とさせるメタフィクション技法の限りを尽くして再構築し、小説の極北へ迫ってみせた。没後 200周年を迎えた今日でもなお、ポーの影響力は絶大だ。ゲーテの言う世界文学が文学資本を前提に世界市場の成立と共振して確立し、その文脈において国際的な比較文学的方法論を支えるものならば、それはたえずポー文学と相性がよかったはずである。
しかし今日、たとえばパスカル・カサノヴァの言う世界文学共和国の発想やガヤトリ・スピヴァックの言う惑星思考の文学研究に準じるならば、ゲーテの時代の「世界」とグローバリズム以後の「世界」とは大きく異なり、いまや文学史的正典の集積以上に作品のネットワークが、それも水平かつ垂直な文学的相互交渉において前提されていた直線的な因果関係を根本から錯綜させてしまうような「もうひとつの世界文学」が求められている。ヒントのひとつは、ポーはまぎれもなく 19世紀南部貴族主義社会の落とし子だったが、彼の編み出したさまざまな文学的フォーミュラといえば、広く誰にでも自由に使える人類文学の遺産として継承され転用され再構築されるという、予想外の民主主義的効用をもたらしたことが挙げられよう。そうした新しいパースペクティヴのもとで、 21世紀のポー像はどのような結節点に立ちつくすだろうか。こうした問題を考えるために、最も刺激的なパネリスト四名にご参集願った。
まず高山宏氏は、デビュー作『アリス狩り』から最新刊『かたち三昧』に至る膨大な著作において、グスタフ・ホッケを再解釈したマニエリスム理論とピクチャレスク理論を活用し、ポー、ホーソーン、メルヴィルを代表格とするアメリカン・ルネッサンスそのものを画家ウィルソン・ピールの仕事によって抜本的に読み替え、エンジニアリングの着想を導入してロマンティシズムからポストモダニズムを貫く独自の方法論を編み出した点で余人の追随を許さない。
つぎに安藤礼二氏は、大著『光の曼荼羅』でも明らかなように、ポーの広範な影響が近代日本文学全体を貫き、現代にまでつながる一つの巨大な系譜、すなわち「宇宙的なるもの」の実現を目指した埴谷雄高と武田泰淳、谷崎潤一郎、そして江戸川乱歩と稲垣足穂らへ至る系譜を構想しているが、そのうちポー的な人工庭園美学に心酔した乱歩と足穂の代表作「パノラマ島奇談」と「弥勒」のうちに、最も独創的な「ポーの日本の顔」(八木敏雄)を洞察する。
そして井上健氏は、長年にわたる比較文学研究の蓄積をふまえつつ、『エドガー・アラン・ポーの世紀』への寄稿「日本におけるポー」において素描した小泉八雲、夏目漱石、森鴎外らの明治文学から佐藤春夫や谷崎潤一郎らの大正文学、夢野久作や小林秀雄らの昭和文学へ至る受容史を基礎に、それがフランスやドイツにおける受容といかに関連するのかを、テーマ論的な視座より再検討していく。
さいごに鴻巣友季子氏は、エミリ・ブロンテ『嵐が丘』をはじめとする翻訳経験と豊富な読書歴を活かし「越境するゴシック――家と分身」の視点より、エリザベス・ギャスケルやヘンリー・ジェイムズ、パトリシア・ハイスミス、ジョイス・キャロル・オーツらを縦糸に、越境作家としてカレン・ブリクセン、ジーン・リース、ポール・ボウルズ、アイザック・シンガーらを縦糸に張り、さらに古井由吉から小川洋子へ至る日本人作家にもポーの水脈を探る。 (文責 巽 孝之)